ハゲ・薄毛を「魅せる」社長の日記

美薄毛研究家・劣等感マーケターの松本圭司が日々感じたこと、考えたことを不定期に発信中!

プチおもてなし

今日のコンビニでの出来事。
外国人観光客と思しきご夫婦が、セブンイレブン内の端末で本日開催のドラゴンズvs.スワローズのチケットを購入しようと悪戦苦闘していたので、代わりに操作してあげたら、めちゃ感謝された上に握手まで求められて良い気分(^^)聞くとニュージーランドからラグビーW杯の観戦に訪れているとのこと。“All Blacks ‼︎”って発すると、“Yes ‼︎”って喜んでました(^^)

ラグビーだけじゃなく、多分母国では観ることのない日本のプロ野球も観てくれるんだなぁ。

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私もニュージーランドに行きたいぞ、と(^^)

 

「イノベーションのジレンマ」は即ち、「リーダー選抜のジレンマ」に他ならない

今日は関西の並み居る大手企業のIT部門の役員や管理職、約50名の方々に「新しいアイディアの創出のためにIT部門が貢献できること」というテーマで話をさせて頂いた。

会社員時代にIT部門で働いたことも無いし、ビジコンでろくな成績上げてないヤツがこんな場でエラそうな顔して話をする資格なんてゼロ以下なのだが(^^;)、ま、色々な経緯もあっての登壇。

で、どんなことを話したかと言うと、こんなこと(一部):

ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が「イノベーションのジレンマ」を世の中に示したのが1997年、それからもう20年以上が経過している。

その間、日本の大企業から驚くようなイノベーション、ビジネスモデルが出てこなかったのは、「イノベーションのジレンマ」のせいではなく、「リーダー選抜のジレンマ」のせいなのではないかと。

新しいアイディアを試す、カタチにするのは「失敗」の連続だ。先輩起業家達を見ていてもそうだ。それはきっとベンチャーも大企業も変わらない。にも関わらず、創業経営者が経営している組織ではない組織で経営陣になる人材はどちらかというと「失敗」しなかった人材、つまり優秀な人が選抜される。当たり前だ。失敗ばかりしている人材を昇進させたら、周囲も納得しないだろう。

そんな失敗したことのない人材が「失敗」する可能性のある案件にGO判断出来るかというと多分、多くの場合、出来ない、しない、する訳ない。優秀な人材に共通して圧倒的に不足してるのは「自ら汚れて失敗した経験の数と、失敗への免疫」なのではないかと思う。いいか悪いかともかく、起業家の修羅場は会社員の修羅場と質が違う。前者は間違いなく生活がかかっている。この点は見逃せない。これは3年前の自分が考えなかったこと。

だから、新しいアイディアを実現したり、イノベーションを起こすなら失敗をした経験があり、部下の失敗を許容、容認できる人材がトップに立たない限り難しいと思うという内容。

要は「イノベーションのジレンマ」は即ち、「リーダー選抜のジレンマ」に他ならないという持論をエラそうに話してしまった苦笑

リスクも取らず、当事者になることもなく、批評・評論・感想だけ、のほほんとタレてるのが一番マヌケでイヤなので、しっかり当事者として足元固めてやるべきことをやろう。

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昨日、「第12回ビジネスプランコンテスト ドリームDASH!」にてプレゼンテーションを行いました!

昨日(2019年9月11日)、一般社団法人日本美USUGE協会の代表理事として、大阪産業創造館にて開催されました「第12回ビジネスプランコンテスト ドリームDASH!」でプレゼンテーションを行いました。

結果は「4位」ということで残念な結果となりましたが、応援頂いた方々には感謝申し上げます。

結果については厳粛に受け止め、今後の活動に生かしつつ、引き続き推進していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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ビジコンに登壇します!(2019年9月10日予定)

一般社団法人日本美USUGE協会の代表理事として、来る2019年9月10日(火)13時より大阪産業創造館にて行われます、「ビジネスプランコンテスト ドリームDASH!」にてプレゼンテーションを行います。


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応援のほど、よろしくお願いいたします!

ビジネスプランコンテスト来場者募集 | オール大阪起業家支援プロジェクト

薄毛に悩む方々に寄り添う!真の髪のプロフェッショナルたる理容師・美容師を育てる『美USUGEマイスター』認定制度の創設 | オール大阪起業家支援プロジェクト

生き方の「分岐点」について考えてみた

先日、滅多に会えない人に出会えた。

その方は、中米コスタリカ在住で探検昆虫学者の西田 賢司 (Kenji Nishida)さん。

www.kids-event.jp

大阪出身で中学を卒業したと同時に単身渡米し、現地で高校、大学を卒業した後にコスタリカで「探検昆虫学者」になり、20年余り。聞くところによるとコスタリカで見つかる昆虫の殆どにまだ名前もついておらず、命名するには生態を把握しなければいけないらしく、1~2年かけてご自分で飼育し、観察する必要があるとのこと。もう今の時点で一生やりたいことはやり切れないことは分かっていると仰っていた。

年は私より1つ先輩だが、こんな生き方もあるのかと驚いたのと同時に、羨ましいと思った。西田さんと比べれば、自分はまだまだ普通っていうか、普通過ぎる。

常識から外れることには勇気が伴うものだが、それをやってのけてきた西田さんの選択や行動に僭越ながら心から拍手を送りたいと思った。

ところで西田さんとお会いしたのは、実は誰かの紹介とか、ばったりどこかでお会いしたとかではなく、大阪のラジオ局、朝日放送ABCラジオで今年6月末まで放送されていた「秘密結社大阪ぴかぴか団」という番組のイベントでお会いした。

この番組は、関西にゆかりがあり、個性的なことをしている人、あるいは個性的な人をゲストに迎えてパーソナリティとトークを繰り広げるというものであったのだが、とにかくヤバい人が沢山登場していた。

例えば、ひたすら紙でロボットを作って自分で対戦させているというオッサンや、ラジオ塔にこだわって写真撮影を続けている人や、人間の目玉や指をモチーフに菓子作りをされている女性など、とにかく「普通」から外れている人ばかりだ。そんな人達が会する珍しいイベントなので私はなるべく多くの人達に、

  • なぜそれをやろうと思ったのか?
  • どういう経緯でそれをやろうと思ったのか?

ということを西田さんのみならず、お会いした殆どの方々に無意識的に聞いていた。そうしているうちに、この人達はどのタイミングで生き方が変わっていったのか、それとも初めからそうだったのかについて考えてみたくなった

恐らくこのブログの読者の殆どは日本で教育を受けた方が多いのではないだろうか?

下記に図にしてみた。

多分、保育園や幼稚園では同い年で運動能力や理解力に差があったとしても、先生達はそれを取り立てて問題視することもなく、ましてやそれを子供本人に告げることもないだろう。そのため、多くの子供達はお互いにそんなに差があることを認識しておらず、あくまでもone of them的な気持ちで普段を過ごしていることが多いのではないだろうか。

しかしそれが、小学校に上がり、中学・高校と年齢を重ねるにつれ、勉強、あるいはスポーツが得意、あるいはその両方が得意という子供が一定の確率で現れる。当然、通っている学校でトップ集団にいれば、勉強の場合であれば進学校に進み、その中で選抜が行われていく。スポーツについてもわざわざ越境して野球留学するような子供達もその種目においての競争をすることになる。その競争に勝ち残れば、例えば勉強が出来れば医者・弁護士に、スポーツが出来れば、プロ野球選手・Jリーガーなどになる道が見えてくる。

しかしながら、選抜を繰り返される中で、常にトップ集団に居続けることはかなりハードだ、それは何も医者や弁護士といった高度専門職と言われる人達の集団に限らず、組織の中でもそうだろう。また、食えるほどのレベルに達するスポーツ選手で居続けることは確率としてはかなり低いだろう。

勉強であれ、特定のスポーツの種目であれ、時間の経過と共に、またステージが上がると共に、優れた結果を出し続ける者がいる一方、殆どの人はトップ集団に居続けることはない。当たり前だが、スポーツ選手ならともかく、普通の組織人が組織に加わった瞬間からトップにいることは初めから社長として採用されなければあり得ない。つまり、殆どの者がピラミッドの中段以下にいるといっていい。 

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優れた結果を更に上のステージで出し続けるケース

対して、今回のイベントでお会いした、変わったというか、普通じゃない人達はお話を伺っている感じだと、人生のどこかのタイミングで規定路線や所属している組織・業界から「スピンアウト(個人あるいは複数の仲間がある組織からとび出し、独立の小規模組織をつくること)」しているケースが殆どだった。

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元々組織・業界にいた人がスピンアウトし、独自の分野を切り拓くケース

各人の違いは、「どのタイミングでスピンアウトしたか」ということと、「スピンアウトして何をしたか」の2点に集約されると思った。もちろんスピンアウトする時点で大まかな見立てがあったケースもあれば、そうでなかったケースも見受けられた。

スピンアウトするタイミングの殆どは一度は大小に関わらず、組織で勤務している最中が殆どだ。しかし組織といっても、企業の場合もあれば、店舗形態での勤務もあるなど様々だ。そういう意味では若くして親や家族の意思ではなく、「自分の意思」で若干15歳でスピンアウトした西田さんはその後「探検昆虫学者」になるならないに関わらず、かなりの異色であることには間違いない。

「スピンアウトして何をしたか」については、十人十色であったが、決してスピンアウト前にしていたことと直接関連のあることをしているとは限らない

例えば、前述の人間の目玉や指をモチーフに菓子作りをされている女性は元々は菓子作りとは全く関係の無い仕事をされていたが、出産を機に退職をされ、育児に専念していた中で、お子さんを喜ばそうとお菓子を作ったものの、作るものが何故か「怖い」ものばかりになってしまうので、一層思い切って見た目の怖いお菓子を作ってみたらどうだろうと思うようになったとのことだった。

これらの方々の思考・行動を見ているとこんなパターンがありそうだ(全部を網羅しているとは思わないが):

  1. 海外に出てその分野でのパイオニアを目指す⇒誰も手をつけなかった領域に打って出る
  2. 裏方に回る⇒裏方だからこそ見える景色があり、それを強みに出来ることもある
  3. 自分の弱みを強みとして活用する
  4. これまでのキャリアで培った人脈を活用する⇒但し、組織に所属していたことに意味がある場合は、活用出来ない可能性もある
  5. 脱サラして趣味の世界を極め、第一人者を目指す

今回、西田さんとお会いして思ったが、割と早くに競争のピラミッドから離脱するのも悪くないということだ。もちろん、ピラミッドにしがみつくのもありだが、既存のピラミッドに身を置く以上、ピラミッド上部を志向しない限り、いつまでも上には上がいるという状況があるため、面白味を感じることは少ないのではないかと感じる。

断言しても良いと思うが、「大阪ぴかぴか団」のメンバーは、そこに10人いるとすれば間違いなく、異端な1人である人達だ。大抵の人は10人中9人側に属していることが殆どだ。個人的な考えでしかないが、異端な1人になるか、残った9人の中でトップを目指すか、トップにいるケースでしか、生き方としての「面白さ」は感じられないのではないだろうか。ということで、

  • まずは10人の中で違う1人になる。
  • 次に100人の中で違う1人になる。
  • 次に1,000人の中で違う1人になる。

ことを意識して行動することだ。不思議なことに、異端な1人になると、異端な1人ばかりが集まりやすい。変わり者は集まるのだ。類は友を呼ぶ(類友=るいとも)とは、昔の人は上手く言ったもんだなと思う。

ということで、自分にしたいことがある、あるいはそのピラミッドにいても芽が出ないと感じたら、とっととそこから出ることだ。

ここまで言って何だが、もちろん全員が全員、スピンアウトに適しているわけではない。また、大所帯の中のピースでいないと出来ない、関われないこともあるのも確かだ。こんな場合はスピンアウトをするよりもピラミッドにいる方が良いかもしれない。

  • 特に何かをしたいと思っていない場合
  • そのピラミッドに属していないと関われない仕事(資本が必要なビジネスに関わりたいとか)をしている
  • ピラミッドの中にいる方が安心と感じる
  • これまでかけた時間・コストが惜しい(サンクコストの呪縛)

「人生いつでもやり直せる」とは言うものの、時間の経過に伴い、やはりしがらみや、色んな事情が生まれてくるものだ。

人生における意思決定は色んなものが固まる前にする方が容易であるのは間違いない。セメントのようなものともいえる。セメントが固まるとは、結婚をして所帯を持つ、子供を持つ、体力・知力に自信が無くなっていく、組織内で相応のポジションに立つ、経済的報酬が優先し、その枠組みから抜けることが出来ない状況などが含まれる。そして、そのセメントが固まってしまうと後になって形を変えるのには相当な馬力が必要になることは既に固まってしまった人達にとってはよく分かる。だが、それは振り返らないと理解できないのが厄介なところだ。

一つだけ間違いないことがある。

それは「人生」というテープレコーダーには「再生ボタン」しかないということだ。しかも押されっぱなしのボタンだ。また、巻き戻しボタンも、一時停止ボタンも、早送りボタンも無い。しかもそのレコーダーにセットされたテープがいつ終わるのかが自分自身も他人も分からない。

ということで、あんまりオチらしいオチも無いのだが、今回は生き方の「分岐点」はどこにあるのか、どういう発想で生き方を選べるのだろうかという、答えの無いことについて思考を巡らせてみた。

梅雨が明けて最初の週末がやってくるー、暑さにやられないようにしましょう💦

 

旅先での発想法・思考法(私の場合)

もういつ振りかも忘れたが、北海道に旅をした。

道内何か所かに宿泊したが、どこの宿泊先もアジア系、特に韓国、中国からの観光客で埋め尽くされていた。宿泊先でも女中さんも外国人であったりするので、母国での旅にも関わらず、「完全アウェー」の状態って感じでホッとする時間が少なかった感じがした。


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どこもアジア系の人達で占拠されていた北海道だが、特に印象に残ったのが、初めて足を運んだ新千歳空港から約2時間ほど車を西に走らせたところにある「倶知安町(くっちゃんちょう)」だった。
倶知安町を含むニセコ地域はWikipediaにもこのように説明されている:

1990年代半ばに訪れたオーストラリア人がニセコのスキー環境や自然環境に魅せられて移住し、新たに夏場のアクティビティーを考案し紹介するなどの口コミによって2000年代はじめからオーストラリア人観光客が増え始めた。2001年に「アメリカ同時多発テロ事件」が発生し、欧米への航空旅行が不安視される中で飛行時間や時差が比較的少なく、移住してきた人々による受入体制があったニセコ地域が代替地として注目されたことも観光客増加の要因に挙げられる。比羅夫(ひらふ)地区を中心にオーストラリア資本によるマンションやコンドミニアムなどの不動産開発が進み、倶知安町字山田が2006年から3年連続で住宅地の地価上昇率全国1位になった。また、アジア地域からも注目されており、中華人民共和国(香港)やマレーシア資本による開発も進んでいる。

サケも遡上するという尻別川でラフティングのガイドをしてくれた出稼ぎのネパール人曰く、アップした写真にもある、1棟4億円はするというコンドミニアム(別荘)がシンガポール人や中国人によって即完売になっているらしく、ここは日本でも稀にみる超バブル期が到来しているとのことだった。実際、公示地価の推移をみる限り、年率で4割ずつ地価はアップしている。金額としては大したことはないが、地価上昇率全国1位は継続中だ。

また、今年(2019年)の10月にG20観光大臣会合がニセコで開催されるとのことで、ガースーこと、菅義偉官房長官が下見に来たそうだ。その際にアウトドアスポーツサービスの企業(NAC:Niseko Adventure Centre)の社長(オーストラリア人)が「電柱の地下化をしたらもっと景観が良くなるのに」と提言したところ、3年はかかると言われる電柱の地下化を半年で終わらせるということで突貫工事が行われていた。

tochidai.info

人が集まれば病気やケガも起きるということだろう、クリニックも出来ていたり、今後ドンドン外資流入してくるのは間違いないだろう。

地元のガイドにも話を聞いたが、正直もうお腹一杯とのことだった。引っ越したくとも手の届く物件はもう無いし、住みやすかったところが住みにくくなったとのことで、食うためには観光業に依存するしかない、でも依存すればするほど住みにくくなるというジレンマに陥っていることを感じた。

このようなことは実際の「現場」に行かない限り感じることはできない。

私はどうしても単純な観光では刺激が少なくて満足できないのかもしれない、なので、その地に生きる人と話したい、聞きたいという癖があるのかもしれない。そのため、「観光=観る」の後にはこんなことを自然としているのかもしれないと振り返ると感じる:

→まず観る

→感じる

→読み取る(なぜそういうことが起きているのが原因・理由を考える)

→読み取った事実から抜き取る(要はどういうことなのかを考える)

→予想する・活かす(で、今後どういうことが起きるのだろう、今後自分に与えることは何だろうということを考える)

観光に行ってまで何かを吸収する、何かを感じることを面倒くさいと思う人も多いだろう。旅先に行って「ああ楽しいな」と、全てを忘れたリセットするだけの旅もあっても良いと思うが、たまには「リセットする」に加えて、プラスアルファのある旅もあっても良いと思うのはひょっとしたら私だけかもしれないが、一応ご紹介まで💦

変えられるもの・変えられないもの

最近は人間関係に関わる相談を受けることが多い。

私は「人」に関わる仕事をしているため、特に人同士の関わり方、即ち人間関係への関心は強い方かも知れない。

しかし、この「人間関係」とやらというものは、実に取り扱いの難しいものだと思う。

というのも一生を自分以外の人と関わらずに終える人もいないし、また自分を悩ますタネを蒔くのも自分以外の人だったりするからだ。

私は人間関係に関わる相談を受ける時に決まって言うことがある。それは「自分で変えられること」と、「自分で変えられないこと」を分けて考えるということだ。

前者については「自分」と「未来」は変えられるものとして考えるということだ。後者は「他人」と「過去」は変えられないものとして考えるということだ。

しかし、他人との関係が上手くいかない、いっていない人に「自分」を変えることを説明したところで既に精神的にまいってしまっていることも多い。そんなところに「自分を変えればいいんです」というアドバイスをしたところで、辛さが増幅するだけかも知れない。

だが、こういう例え話をしたら、「なるほど」と腹落ちして発想と行動の転換が図れるかも知れない。

左手でも右手でもいいので、目の前に出して欲しい。

手のひらを開いたままの状態のところに水を注ぐと当たり前だが、全ての水が手のひらからこぼれ落ちる。

しかし、手のひら開いたままの状態から、コップのように中心を窪ませるような形にしたところに水を注ぐとどうなるか。

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水は形を変えて、その窪みに残るはずだ。手のひらは人間関係に悩んでいる本人、水はその人の悩みのタネとなっている人だ。

なぜ、水は窪みに残るのか?

それは自分で手に窪みを作ったからに他ならない。

他人は直接的に変えられないかもしれないが、自分(手のひら)が変わると他人(水)が変わる可能性が出てくる。逆にいうと、自分が変わらなければ相手が変わるはずがない、とも言える。普通に考えれば分かるが、人と人との関係は極めて動的(ダイナミック=dynamic)なものであり、決して静的(スタティック=static)なものではない。

自分が変わり、相手もそれにつれて変わると、未来も変わる。変わらないことの一つとして冒頭に言及した「過去」も事実そのものは変わらないが、その事実に対する認識や捉え方を変えることは可能だ。

「自分」「未来」「他人」「過去」のうち前者二つは間違いなく自分の意思でどうにでもなる。後者の二つは変わらないように見えて、実は自分の捉え方、リフレーミング(ある出来事や物事を、今の見方とは違った見方をすることで、それらの意味を変化させて、気分や感情を変えること)を使えば変えることが出来る。