ハゲ・薄毛を「魅せる」社長の日記

美薄毛研究家・劣等感マーケターの松本圭司が日々感じたこと、考えたことを不定期に発信中!

個人と組織が面白くなくなるメカニズムについて考えてみました①

平成最後の金曜日、4月26日夜に、元パクチーハウス東京店主の佐谷恭さんとのトークイベントを紀伊國屋書店新宿本店にて開催しました。その場にお越し頂いたお客さんに「今の仕事を面白いと思っている」かについてお聞きしたところ、会場の中の約4割くらいの方々が挙手されました。ということは、約6割くらいの人達は面白くないと思っているということだろうと思いました。

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私はこの様子をイベントの進行役として見ていましたが、「やっぱりそうなのか」って思ったのと同時に「なぜ面白くないと思っているのか?」についてこれまで以上に考えたいと思い、平成から令和に切り替わるタイミングにこれを書いています。

 

これを読んで下さっている方々もよく覚えているかもしれませんが、十分物心がついた小学生高学年になると、学校では卒業文集か何かに自分の「夢」を書かされるようになります。もう30年以上前になりますが、私が小学6年生の頃は、難関私立中学に進もうと塾に通っている同級生達は医者だの研究者だの、勉強が出来ないとなれない職業に就くことを、またスポーツを得意としている同級生達は野球選手などを夢として書いていました。

 

ちなみに、私は当時から変わっていたのか、「楽して億万長者になりたい」という夢というか寝言を書いていました。大人からすれば「ふざけたヤツ」として映っていたに違いありません(笑)。

 

今も昔も、いわゆる勉強が出来て(=偏差値が高い)、経済的に許されるのであれば、出来るだけ難関と言われる学校に行こうと思いますし、親御さんもそれを期待すると思います。また、「勉強が出来る=稼げる可能性が高い」という期待欲求があるとすれば、周囲の人達も医者や弁護士といった、“本人に適性があるかどうかはさておき”、本人もその気になり、周りにもそういう空気が出来上がってくるのだと思います。

 

実はこの辺り(12~15歳頃)から、人は「好き嫌い」「向き不向き」ではなく、「損得」「出来る出来ない」が判断の中心軸になっていくのだと思います。しかし、これが実は人生を面白くないものにしかねない最初の分水嶺になっているのではないかと思っています。

 

ここまで読んで下さりありがとうございました!

平成では大変お世話になり、ありがとうございました!

令和でもどうぞよろしくお願いいたします!\(^o^)/